「健全な衝突」の可能性

会議の多さは日本企業の強みともいえる
私が顧客企業の社内補などのインナーコミュニケーション支援を通して実現したいことのひとつは「健全な衝突(ヘルシーコンフリクト)」という考えの浸透です。
この言葉は、意見の衝突は本来イノベーションや組織の強化につながるものであり、回避するのではなく適切に管理して生かすことが大切という意味をもちます。
健全な衝突という言葉と考えを、たとえば社内報などを通じて顧客企業の社内に浸透させることが企業経営上の成果につながるのではないか。そう私は考えています。
日本企業はものすごく多くの時間を話し合いにかけています。その意味では、たくさん意見を衝突させているということになります。
会議の多さは問題点として語られがちですが、それだけ全員を巻き込んで話し合う文化があったからこそ生み出してこれたものも多く、
時間をかけて話し合う文化は日本企業の強みではないかと思います。
変えるべきは、保守的になりすぎる空気
しかし、議論が活発に行われる会議が多いかというと、そうではありません。私個人の経験からも、あまりでしゃばって意見を言うのはよくないという雰囲気に包まれることがよくあります。
多くは前例踏襲や慣習を変えることへの恐れ、あるいはその慣習を守りたいという相手への気遣い、もしくは問題に深入りする面倒さへの嫌気からではないでしょうか。
怖いのは、衝突を回避するやりとりが続くうちに、それが当たり前になってしまうことです。気づけば、決まったことに対して、なぜそうなったかの説明もせず、周りも理由を聞くのが憚られるような雰囲気になってしまいます。
会社で順調に昇進する人のうちの一定数は空気が読める人です。うまく衝突を回避することに長けた人が会社の主流派となる可能性は高く、保守的な社風が出来上がってしまいます。

衝突があるからより良い結論が生まれる
保守的な気持ちや気遣いが一概に悪いとはいえませんが、逆にそれが議論を良い結果に導く障害になってしまうのであれば、見直す必要があります。
遠慮せず意見をぶつけ合うことで、組織や旧習を変えてイノベーションを創出していかなければなりません。
たとえば、会社における問題として、よく出てくるのは、部署間や部門間で意見が衝突することです。しかし、合わないのは悪いことではありません。それぞれ自分が所属する組織のことを考えての発言なので、合わないのは当たり前であり、むしろ歓迎すべきことなのです。
そこで、他部署・他部門に気遣って言いたいことを我慢するのでなく、しっかりお互いの意見を出し合わなければ相互理解は生まれません。その上で、ではどうするかを考えることが大切です。どうすれば全体のメリットを最大化し、双方のデメリットを最小化できるのかを追求すべきです。
その問題意識から今は「心理的安全性」について語られるようになりました。
この言葉が認知され浸透していることからもわかる通り、多くの人がうっすらと本音で話し合えないことに問題を感じていたことは間違いありません。
「心理的安全性」だと、真意がうまく伝わらない
しかし、「心理的安全性」という言葉の字面だけを見ると、その真意が必ずしも正しく伝わっていないのではないかと感じます。発言する人を守ることを目的としているようにとらえられがちではないでしょうか。
「パワハラ」「セクハラ」「カスハラ」などの問題に対して企業が敏感になっていることは確かであり、ひと昔前のようなブラック企業はなくなってきていると感じます。「心理的安全性」の問題も、企業のホワイト化の文脈で認識されることが多いのではないでしょうか。
少し本題から外れますが、企業のホワイト化は一歩間違えると社内の人間関係の希薄化につながってしまう場合があります。「心理的安全性」の問題も、相手を守る面だけが認識されてしまうと、はっきり指摘すると相手を傷つけてしまうから遠慮して言わない、コミュニケーションも必要最低限のみにとどめるという、本来の目的とは違った方向に進んでしまう危険性があります。
もちろん前提として、真摯に発言する人は守られると全員が思っていることは必要ですが、本来の目的はその上で進歩や革新につながるような議論・行動をしていくことです。そこがうまく伝わらないのが、「心理的安全性」の問題点ではないかと思います。
「心理的安全性」よりもよりストレートな表現として、「健全な衝突」に可能性を感じています。

